小説家という職業をやっていると、
日常生活の中にある言葉、とくに文章に対して興味を持つようになります。

まどかはライトノベル作家なので、本屋で見かけたラノベや新文芸小説を衝動買いしたり、
WEB小説の投稿サイトで見かけた気になるタイトルの作品に魅かれて
ついつい最後まで時間も忘れて読んでしまうことは日常茶飯事なのです。

特に小説の中で楽しみにしているのはあとがきです。
これを新刊購入の楽しみにしているひとは、きっとまどかだけではないはずで、
ある時、担当編集さんに
「わたしは文章を書くのが苦手なので、あとがきを書かないわけにはいかないですかね?」
とおずおず電話口で質問した事がありました。

もちろん担当さんに言われたのは、
「ライトノベルにとってあとがきは様式美なので、これは欠かせないものですよ」
と諭された事すらあります。

何となく気恥ずかしさが先行して、何を書いていいのかわからないのは今も変わりがないのですが、
あとがきは著者のひととなりを知るひとつのキッカケとして、楽しみにしているのは確かですね。

 

さて、小説家の諸先輩やさまざまなクリエイターのみなさんが
雑誌に寄稿されているエッセイが目にとまることがありますねえ。
まどかは日経新聞の「私の履歴書」をたまに読んだり、好きな著名作家のエッセイを読んだり、
こういうのは先ほども申し上げた「著者のひととなりを知る」という意味でとても面白いなと以前から感じていました。

エッセイが面白いと感じるのは、その著者と自分自身の共通体験・共通認識を発見した時じゃないでしょうか。
ああこんな有名なひとでも、こんな経験や苦労をしていた事があるんだな。
そこからこのひとは、こういう風に考える様に至ったんだな。なんて感じです。

まどかの場合は、若いころに新人賞のコンテストなどに投稿する生活をしていた事があり、
著名な方もそういう時期があって、受賞はしたもののそこで悔しい思いをした、なんて文章を見るにつけ、
密かなる共感をその著名作家さんに求めたのでした。

こうした共通体験を通して、ある意味で自分を慰めているのかも知れません。
あるいは慰めていたところで、そこから先に未来があるんだとか、いろいろな考えがあるんだとか、
そういう発見があるから面白いんですね。

これも不思議なもので、子どものころに親や学校の先生が
さんざん口を酸っぱくして説教をしてくれたのに、まるで馬の耳に念仏。
ひとつも素行を正そうとしなかったものですが、
憧れの作家さんがエッセイに書き起こしたそれを見て、
「よし自分もやってみようか!」なんて思うのだから影響力というのはすごいですね。

 

そういえばひとつだけ、わたしも著名人から大きく影響を受けたものがありました。
ずばりその著名人は大リーガーのイチロー選手なのですが、
試合がある日もオフシーズンも、しっかりと日常の練習をルーチンワーク化してこなしている、
そんな野球に対する姿勢に少しでもあやかりたいと、
まどかも出来るだけ毎日、自分に課したノルマをせっせとこなすようにしています。

最初のうちは、これをどこまで続けられるだろうとまず自分を疑ってかかっていましたが、
拙稿のWEB小説『異世界に転生したら村八分にされた』を毎日書いているうちに、
とうとう1周年を迎えることができましたw

ありがとうございます、ありがとうございます。
親にあれほど子どもの頃に宿題を毎日片付けなさいと言われてもやらなかったのに、
今では立派にルーチンワークをこなせる大きな子どもになれました!

今秋あるいは冬に本になるための作業をしていると、感慨深いものがありますね。

ところでまどかは、時代小説家の藤沢周平に憧れて時代小説を書こうと悪あがきをしていた事がありました。
文春文庫から刊行されている『小説の周辺』という随筆集を買ったのが、
たぶんエッセイを購入したまどかのはじめてでした。

小説家やアーティストといった創作者たちの日常をもっと知るために、
意外と身近なところに掲載されているエッセイに視線を向けてみるのも面白いかも知れませんね。