株式上場を目指して代表取締役お兄ちゃんに就任致しました~妹株式会社 原作公式サイト

キックオフ ボク、お兄ちゃんになります!

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 紅茶専門のティールームに移動したふたりは、ひとまずお互いの自己紹介をする事にした。

「マーケティングプランナー、五條田譲……?」

 譲が差し出した名刺に視線を落としながら少女が言った。

「五條田ってのは俺の名前だ。よろしくな」
「わ、わたしは西森舞華(にしもり まいか)よ」
「よろしく舞華ちゃん」
「ちょっといきなり馴れ馴れしいんですケド。……それでマーケティングプランナーってなにそれ」
「マーケットってのは市場(しじょう)の事、つまりマーケティングプランナーはお客さんのニーズをつかんで、会社に運営計画とかを提案するお仕事さ」
「へぇ、見かけによらず何か意外とカッコいい仕事やってるのね」

 よれよれスーツ姿の譲にジト目を送りながら舞華が言った。

「見かけによらずは余計だが、一応フリーランスで仕事してるんだぜ」
「そんなので食べていけるの?」
「親父の会社がさ、そういうマーケティングのプランニングをやるコンサル会社なんだ。学生時代に手伝っていた経験があってな、今は親父の会社から下請け仕事をもらったり、知り合った会社から案件を回してもらったりしてるんだ。俺ひとり食べていくぶんには、なんとかなってるよ」
「ふうん」

 譲も学生時代に、起業とまではいかないまでもフリーランスとして少しは仕事をこなした経験はあったけれど、せいぜいが普通の学生アルバイト程度の稼ぎを得るのが精一杯だったのだ。

 譲が若いうちから独立開業しようと思ったのは、彼の父親の会社で仕事の手伝いをしはじめたのがきっかけだった。コンサルタント業務とひとくくりに言っても様々なジャンルがあるが、譲の父親がやっていたのは新規ビジネスを提案するプランニング業務だ。
一部の成功者の例を見れば、学生のうちからベンチャー企業をはじめて年商数億を実現している人間は確かにいた。やがて譲は自分でも会社を立ち上げて、この仕事をやってみたいと夢に見るようになったのだ。譲はいつか誰もが知っている様な事業を成し遂げてみたかった。

「それで俺は、この経験を生かして新しい会社を立ち上げようと思っています。自分の企画を世に送り出したい、社会に影響と変化をもたらしてみたい。だから青年実業家になるのです」

 ドヤ顔である。

「青年実業家って、肩書きだけはカッコいいけど、何するつもりなのよ」

 いっそう胡散臭そうなものを見るような視線を送ってくる舞華に、譲は咳払いをひとつして語りだした。
「君は『妹株式発行による会社設立に関する法律』というのは知ってるかい? 少し前に国会で討論されてたんだけど、テレビとか新聞じゃ妹株法(まいかぶほう)って略されてたと思う」
「ああ、それ知ってる! お父さんがバカバカしい法案だって言ってたから覚えてるわ」
「ば、バカバカしいか。まあ見方によっては馬鹿みたいな法案だけどな。俺はいたって真面目なんだぜ」

 譲が不満を口にしたところで、紅茶とスコーンが運ばれてくる。
会釈をしながら舞華が受け取る姿を見ながら、譲が質問する。

「ぶしつけだけど、舞華ちゃんって歳いくつ?」
「何よいきなり。それって妹株法に関係あるわけ?」

 ロシアンティーとスコーンのセットに付いてきたジャムをスプーンで舐めながら舞華が顔をしかめた。

「関係大有りなんだこれが。妹を株式資本として会社を設立させるのが妹株法というわけだ」
「だから妹を探していたのね」
「妹である以上、俺より年齢が若くないといけないな。ちなみに俺は二十三歳だったりする」
「オッサンね」
「うっさいわ。それでいくつなんだ?」

 こんな事で譲は簡単にはめげない。

「十七歳よ、高校二年。これでいいかしら?」
「バッチリOKだ。条件は満たしている事になるな」
「あっそ」
「うおっほん。それでだ。妹株式会社を設立するってのは妹を資本として妹株式を発行し、投資家に買ってもらうんだ。俺は代表取締役お兄ちゃんになって、この妹資本を使いビジネスをする事になるわけだ」

 譲はつい興奮気味に、若干身を乗り出して説明をした。

「妹を資本に株式を発行ねぇ。いろいろ突っ込みたい事がいっぱいあるんだけど……、とりあえずビジネスって何をするつもりなの。マーケティングプランナー、だっけ?」
「そう、マーケティングプランナー」

 得意満面の笑みを譲は浮かべる。

「新しいビジネスの提案書を作ってさまざまな企業に売り込むのが俺がやろうとしているビジネスさ」
「……その。引き受けた場合、わたしは何をすればいいの?」
「妹資本の仕事は、提携する企業の広告塔になることだ。つまり各種企業のイメージシスターになってもらうわけだ」
「イメージシスター? キャンペーンガールみたいなもの?」
「そういう感じかな」

 少しは頭の中でこれからのビジネスについて整理できたのだろうか、かみ砕くように舞華は「イメージシスター、イメージシスター」と小さくつぶやいていた。

「まあビジネスの形式としては、このあたり普通の株式会社と何も変わるところはない。通常は株式を発行してこれを資本金にするんだけど、妹株法の場合は、妹に資本価値を設定して妹株券を発行し、これを投資家に買ってもらうだけだからな」
「いったいその妹株を誰が買うのかしらね……」

 呆れ顔を作った舞華に、譲はよくぞ聞いてくれましたとばかり言葉を投げかける。

「ズバリそれは、全国にいる独身オタク男性が主な対象だ」
「オタク? なんで独身のオタクが買うのよ。ビジネスとオタクなんて繋がらないじゃない」
「オタクっていうのは、自分の趣味に結構なお金を使うもんだろ。ゲームやらアニメやらラノベやら、フィギュアに同人、鉄道趣味や切手集めなんてのもある」
「まあ確かに、そうね。で、独身である必要はどこにあるわけ?」
「そりゃ、結婚して奥さん子供がいたら、趣味にお金をかける事なんて出来ないだろ。子供の養育費だってあるし、家を買えばローンもある。奥さんからお小遣いをもらって、その範囲でやりくりする事になる」
「確かに」
「世の中のオタクには妹属性というのを持っている連中がいて、妹株を発行する事で、妹が欲しい全国のオタクから資金を募るのがこの妹株法のキモなんだな。妹は欲しいけど妹がいない、でも株券を買えば自分にも妹が手に入る。すばらしいじゃないか!」

 譲もまた妹属性の持ち主だったりする。だからこそこの妹株法に飛びついたわけだけれど。

「本当かしら」
「本当だ。だから妹株法のメインターゲットは独身オタク男性で、このビジネスモデルは間違いなく成立する」
「……ハァ、そんな事やってるから少子化社会になるのよ」
「舞華ちゃんは、なかなか社会派な事を言うんだな」

 ティーカップを持ち上げて珍しい茶葉の香りを楽しみながら、譲が茶化す様に言った。

「わ、わたしだって少しはニュースや新聞ぐらい見てるわよ! まぁでも、その独身男性が自由に出来るお金を新しい投資に使ってもらえば、経済が活性化するっていう仕組みは何となくわかったわ」
「なかなか物わかりがいいな。そうやって集まった資金をもとにビジネスをするんだ。出資した全国のオタクたちは、投資家お兄ちゃんとなるわけで、西森舞華ちゃんはみんなの妹となる」
「と、投資家お兄ちゃん……」

 舞華は絶句した。

「妹株法では、シスダックという専用の株式市場があって、そこで収益にあわせて株価が変動する。利益のぶんだけ投資家お兄ちゃんには配当金、つまり分け前が支給される事になる。お金も手に入る、自分の大好きな妹も活躍する、俺たちもビジネスで成功する。俺たちも投資家お兄ちゃんたちもウィン=ウィンの関係だ」
「ね。アイドルグループが握手券とか総選挙とかやってたけどさ、あれって経済効果はあったりするの?」
「少なくとも伸び悩んでいた音楽業界のCD売上とかは、あれでかなり数字を出したって聞いてる」
「それと同じ事を妹株でやろうって事なのね」
「そういう事だ」
「…………」
「だから、舞華ちゃん。俺には君が必要だ。俺の妹になってもらいたい!」

 そう言って身を乗り出した譲に、舞華はみるみる頬を桜色に染めた。

「は、話はだいたいわかった。でもいきなり、すぐに返事は出来ないから」
「そりゃ、そうだよなぁ」
「ちょっと興味を持ったのは本当よ。わたしが妹になって株式発行したら全国の投資家お兄ちゃんがそれを買ってくれるって想像したら、それは面白いなって思ったの」

 おしぼりをモジモジといじりながら舞華が言った。

「おう、俺も面白いと思うぞ!」
「たださ、いちおう来年は高校三年生だし、大学受験もあるからさ……」

 なるほど、妹株式会社には興味があるけれど、まだ最終的な決心は付けかねているという感じだろうか。少し上目遣いにこちらの方を見ている舞華を観察しながら譲はそう思った。
あともうひと押しが必要なのだろう。

「大学受験か。舞華ちゃんは将来さ、漠然とでもいいけど何かこういう事をやりたいっていう夢はないのかな?」
「夢っていうか、まあ憧れでしかないけれど雑誌の読モになりたいって……」
「読モ、つまり読者モデルか」

 彼女の外見はただかわいいというだけではない。意志の強そうな凛とした表情もあって、イマドキのファッションスタイルをさり気なく着こなしているところも、ちょっとしたオーラみたいなものがあるんじゃないかと思う。
逆にそういう嫌味でない押し出しのよさを感じ取ったからこそ、譲は舞華をひと目見て声をかけようと思ったし、ここまで必死にこぎつけたのである。

「実はさっきも、ティーンズ雑誌の街頭取材とかでまわってるスタイリストさんに声かけられないかなって、ちょっと思いながら歩いてたんだ……」

 モジモジとしながら舞華が言った。
スプリングニットにフリフリのブラウス姿の上半身にレースの付いたフレアスカート姿の舞華は、まさにイマドキ渋谷系ファッションだった。
舞華本人の意志の強そうな鳶色の眼とツインテール姿もさる事ながら、イマドキ風にキメたファッションを見ていると、まるでティーンズ雑誌から飛び出してきたモデルの様にも見える。
舞華が渋谷系ファッションをバッチリ決めて駅前でそわそわしていたのは、そういう理由だったのである。

「何よジロジロ見て……」
「なるほど、そういう事だったのかってね」
「……でも読モなんて、スカウトとか応募以外にどうやったらなれるのかよくわからないし、それにいつまでも続けられるお仕事じゃないでしょ? そもそもお仕事かどうかもわかんないし……」

 アイドルやモデルという仕事は、批判を恐れず言えばある意味で賞味期限のある商売だと譲も思う。女の子たちもいつまでも若いわけではないので、年齢を重ねればティーンズ誌に掲載されなくなるだろう。確かにモデルには旬というものがあるのだ。

「だからまあ、現実的な事を言えば会社員かな?」
「うわぁまた真逆の夢だな、会社員って」
「だってお父さんが絶対プロモデルになるなんて許してくれないし。高校に入ったらバイトしたかったのに、それすらお父さんが許してくれないんだから」
「結構厳しいのな、お父さん」
「そりゃそうよ。わたしひとりっ子だから、お父さんがわたしにいろいろと期待かけてるの」
「俺もひとりっ子だからわからんでもないけど。そうか、お父さんはバイトもさせてくれないのか……」
「うん。だからこのお仕事引き受けるんだったら、それなりに立派な理由も必要だし、五條田さんにもちゃんとお父さんに説明してもらわないといけないから」

 スプリングニットの上からでもわかるほど発育よろしい両胸に目を奪われそうになりながら、譲は口を開いた。

「わ、若いうちからビジネスの世界をいろいろと経験しておけば、社会人になった時に仕事の幅も広がると思う」
「そうね……」
「確かに舞華ちゃんは高校生だから学業も大事だろうけど、妹資本になった女の子は、政府が用意した専用の妹養成学校で講義を受ける事が出来るから、高校卒業の資格もそこで手に入れる事が出来るぜ」

 手に持っていた紅茶カップを脇に置きながら、譲はビジネスバッグをまさぐってパンフレットをひとつ取り出す。

「学校法人妹株学園(まいかぶがくえん)?」
「そう。これから妹資本になる女の子たちが全国から集まる事になる。舞華ちゃんが正式に引き受けてくれたら、ここへの転入手続きをするよ」
「だいぶ本格的なのね」

 パンフレットを引き寄せながら舞華が言った。

「それだけ政府も本気で考えているって事だよ。もちろん俺も本気だ。舞華ちゃんは読モになりたいって言ったけど」
「あくまで夢よ夢、そこまで本気じゃないから」

 少し顔を朱色にしながら耳元のピアスをいじっている彼女は否定したけれど、たぶんそれは嘘だ。

「ちょっと失礼な事を言うけど、たぶん舞華ちゃんは、お父さんの許してくれる範囲で最大限の背伸びをしてるんじゃないかな」
「何よ唐突に」
「ピアスあけるとき、お父さんとだいぶ揉めただろ」
「……うん」
「今風の格好してる事について、お父さんは何か言ってる?」
「高校在学中にバイトしないかわりにある程度自由にさせてくれてるよ。この服全部、ネット通販で買ったものだからそんなに高くないし」
「夢レタス?」

 譲はあるアパレルのネット通販会社の名前を口にした。

「知ってるの? あそこってすごくかわいい服いっぱいあるけど安いのよ。だから普段着はいつもそこで買ってるわ」
「お父さんを説得しないと、今のままじゃ読モにはなれないわけだ」
「だから、そこまで本気じゃないって言ってるじゃない!」

 ふて腐れた様に舞華が言い放った。
けれどその態度から、やはり本気でどこか諦めきれない読モへの想いがある事を譲は確信する。

「まあ読モは無理かもしれないけど、舞華ちゃんがビジネスモデルになる事は出来るかもしれないぜ?」
「ビジネスモデル?」
「そう、ビジネスモデル。広告塔として舞華ちゃんが活動すればそれだけ知名度が得られるわけだから、全国の投資家お兄ちゃんだけじゃなく世間からも注目を集める事になるだろ? そうすればファッション誌からモデルのお仕事しませんかって話がくるかもしれない」

 ニヤリとしてみせた譲は舞華の表情を観察した。少し食指が動いている様に感じた。

「本当かしらそれ?」
「タマゴが先か、ニワトリが先かって事だ。読モをやって成功した結果有名人になるか、今を時めく有名人になって読モにならないかって話が来るか、そういうこった」
「言いたい事はわかったけど、そんなに上手くいくとは思えないわよ」

「いいか、舞華ちゃん」
「舞華。別に呼び捨てでいいわ呼び捨てで」
「それじゃ舞華。一念岩をも通すって言葉を知ってるか」
「何それ知らないわね」
「絶対にやり通すっていう信念があれば、どんなに分厚い岩みたいな障壁があったとしても、必ずぶち抜いて達成できるって事だ。為せば成る! だから読モだろうが妹株式会社で大成功だろうが、諦めずに貫き通せばいいって事だ」
「……うん」

「それに舞華が俺の妹になって妹株式会社が市場で上場したらさ、広告塔としていっぱい宣伝してやるよ。読者モデルなみの露出を約束する」
「ゆ、有名人になりたいわけじゃないんだけど、華やかな世界にはやっぱ憧れがあるかな」
「ま。どっちにしたって舞華が若いうちにビジネス経験をしておくと、将来絶対に役に立つのは間違いないと思うぜ」
「うん。そうだね……」
「歳を取ってしまうと、その時にはやりたい事があっても、いろいろと制約が出来て出来なくなるものだから。読モだって旬があるんだろ? 今からはじめれば、出来る事はそれだけいっぱいあるって事だ。妹株ビジネスだって、必ず舞華にチャンスをもたらしてくれる。俺も全力で取り組むから」

 うつむき加減の舞華から絶対視線を外さないようにして、譲は最後の演説をかました。
そして、

「わかった。あんたの妹になってみる」
「本当か!? やったぜ!!」
「よ、よろしくね。五條田さん」
「俺の事は是非ともお兄ちゃんと呼んでくれ、妹よ」
「えっ、そ、それは……えっと、お、お兄……馬鹿兄貴!」
「ちょ、ちがくね!?」

その3に続く